集合論のおさらいから自然数の作り方まで
高校数学で習う集合論のおさらいから、小学校の算数で覚える自然数がどのように作られるのかをご紹介します。
【注意】この記事は読み物として書いてるので、マジの数学者から見れば砕けた文章、曖昧な表現、厳密でない説明を含みます。ご了承下さい。
集合とは
集合とは、直感的に言えば「何かの集まり」です。「何か」は何を議論するかによって変わります。議論によって数だったり、ベクトルだったり、もっと複雑なものだったりします。
ここで、集合に含まれるものを要素とよびます。また、 が集合 の要素であるとき、「」と表すことにします。また、 のみを要素とする集合を のように列挙する形で表します。
この直感的な集合の説明を、そのまま集合の定義として議論する集合論を素朴集合論といいます。しかし、素朴集合論はあまりにも集合の扱いが自由すぎたため、多くのパラドックスをもつ理論となりました。ここでは詳しく話しませんが、気になる人はWikipediaの集合論を御覧ください。
今では、集合を扱う上でのルールをまとめた公理的集合論が主流となっており、その中でも「どのルールを採用するか・しないか」によって複数の集合論が存在します。
公理的集合論の中で最もポピュラーなものとして、ZF公理系とそれにもう1つルールを加えたZFC公理系があります。ZFとは、発案者であるエルンスト・ツェルメロとアドルフ・フレンケルらの頭文字です。
ZF公理系は8つのルールから成り立っていますが、ここではその内の基本的な3つを紹介するだけに留め、素朴集合論の感覚で話を進めることとします。
- 外延性の公理:2つの集合 と が全く同じ要素をもつならば、 と は等しい。このとき、 と表す。
- 空集合の公理:何も要素をもたない集合が存在する。これを と表す。
- 和集合の公理:集合の集合 に対して、 の要素の要素から成る集合が存在する。それを と表す。特に、 の要素が と のみの場合、 とも表す。
【注意】実は、これらの「空集合の公理」と「和集合の公理」は、存在することだけを主張しており「ただ1つ存在する」ことまでは主張していない。しかし、2つの空集合 と を用意しても、外延性の公理よりそれらは同一の集合なので、空集合は本質的にただ1つしかないということになる。これは和集合においても同様に言える。
集合論を土台にして議論をするときに重要な認識は、要素もまた集合であるということです。なぜなら、集合論では無条件に存在を認めているのは空集合 のみなので、それ以外のものの存在はルールに盛り込まれていないからです。
また、「空集合」と「空集合を要素とする集合」は違う集合であるということも間違えやすいことです。記号で書けば、 という意味です。
数とは
狭義的に言えば、我々がものの順序や量を表すのに用いる概念です。しかし、時に我々が数とは呼ばないものですら時には数と呼んだりするので、広義的な説明は困難です。
ここでは、数とは「計算をしたり、順序をもって並べられるなどの構造をもったものの集まり」とします。
このように、数と呼ぶとあまりにも範囲が広いため通常は「自然数」や「実数」のようにどのような数なのかを明確にします。以降、これに従います(数を扱うにしても、どんな数か明確にします)。
自然数とは
自然数とは、我々が既に知っているように0,1,2,3,…のように個数や順序を表す数です。
あらかじめ断っておきますが、ここでは0は自然数です。詳しい理由は後述しますが、その方が都合がいいからです。
【注意】0が自然数でなければならない、自然数であってはならない理由などはなく、0が自然数でない方が都合がいい分野もあります。なので、多くの数学書ではあらかじめ自然数と言ったときに0を含むか含まないかに言及したり、そもそも自然数という言葉を避けて「非負整数(マイナスでない整数)」「正整数(プラスの整数)」という言葉を用いて議論をしています。
しかしながら、「自然数を0, 1, 2, 3, …である。」と説明されても、漠然としすぎていて使い物になりません。これから自然数の話をしようとするならなおさらです。
ここで、ペアノの公理とよばれる自然数の定義をご紹介します。
自然数は次の5条件を満たす。
まず、それぞれの条件を補足します。
1. 0は自然数である。
これは、そのままの意味です。つまり、0の存在を認めてそこから自然数を構築していく、というアイデアです。また、自然数は0という要素を必ずもつので空集合は自然数の集合になり得ない、という主張でもあります。
2. どの自然数 にもその後者となる自然数が存在する。それを と表す。
これは、自然数とは0,0の後者,0の後者の後者,…というように並べることができるものだ、という主張です。
3. 0はどの自然数の後者でもない。
1番と2番だけでは、自然数はどこかでループしてしまうもの、すなわちある自然数 の後者が0であり、「自然数は0, 1, 2, …, , 0, 1, … と並ぶものである。」という可能性を排除できませんでした。1~3の条件は、その可能性を排除するという主張です。
4. 異なる自然数は、それぞれ異なる後者をもつ。
1番から3番までだけでは、ある自然数 はその前に複数の自然数をもっていて で合流するもの、すなわち「自然数は木枝のような構造をしている」という可能性を排除できませんでした。1~4の条件は、その可能性を排除して「自然数は一列に、一方向に、ループしたりすることなく並んでいるものだ」と自然数の形をはっきりと主張するものです。
5. をある性質とする。0が を満たし、かつ が を満たすと仮定したときに も を満たすならば、すべての自然数は を満たす。(長いので、この説明を以降「数学的帰納法が成り立つ」と呼びます)
これは、「自然数において数学的帰納法が成り立つ」という主張です。よく用いられるイメージとしてドミノ倒しがあります。これは、「一番最初のドミノが倒される」「もしある箇所のドミノが倒されたならば、その次のドミノも倒される」という状況下ならば、「すべてのドミノが倒される」と言える、というたとえ話です。
(ここから、本題とは無関係な話)
例として、次の性質を数学的帰納法を用いて証明してみましょう。
性質 を自然数とする。0から までのすべての自然数の和は と等しい。
証明
まず最初に、この性質が のとき成り立つことを言う。
0から0までの自然数は0しかないので、それらの和は0である。
一方で、 なので、この性質は0において成り立つ。
次に、この性質が のとき成り立つと仮定する。すなわち、0から までの自然数の和は に等しいとする。これを用いると、
となる。続けてこれをまとめると、
であるので、これらの式をつなげれば、
となり、 のときにも性質が成り立つということが分かった。
よって、この性質においては数学的帰納法が成り立つので、どの自然数 においても性質が成り立つことが分かった。 Q.E.D.
【希望】読者の中に、はてなブログのTeX表記において等号揃えをする方法を知っている方がいらっしゃったらご教授ください。よろしくお願いします。
(本題とは無関係な話、ここまで)
自然数となる集合を定義しよう
前述の通り、ペアノの公理は「この5条件を満たすものならそれは自然数だ」というルールでした。すなわち、この5条件を満たすような集合を作れば、それは自然数を表す集合となります。
ここで、0と集合 と の後者 を次のように定めると、実は はペアノの公理を満たすように作られていることが分かります。
- 0を とし、 とする。
- ならば、 である。
- の後者は、 である。
このように集合 を作ると、実はこれは自然数の条件をしっかり満たしているのです。が、その説明の前にまずは具体的にどのような形をしているのかを確認しましょう。
まず、作り方1より0は空集合 なので、
です。ちなみに、この という式の意味は「0を右辺の式で定義します」という意味です。続けて、作り方3より0の後者である1は となるのですが、0は空集合 そのものなので、 が常に成り立つことに気をつけると、
となります。つまり、1とは「0のみを要素にもつ集合」と定義します。この調子で2,3,4と繰り返し定義していくと、
となっていきます。つまり、この自然数の集合 の定義方法ならば「自然数 は 未満の自然数から成る集合である。」と言うことができます。また、嬉しいことに集合の要素の個数がそのままその自然数となるので、構造さえ分かってしまえば非常に直感的な形をしているのです。そして、作り方2によってこのように作られた自然数の後者もまた自然数である、と保証してくれているのです。
では、改めてこの集合 がペアノの公理を満たしていることを1つ1つ確認しましょう。
1. 0は自然数である。
言うまでもなく、 の作り方1より、0は自然数の1つです。
2. どの自然数 にもその後者となる自然数が存在する。それを と表す。
の作り方2および3より、 は の後者であり自然数です。
3. 0はどの自然数の後者でもない。
これを説明するために、背理法という手法を用います(背理法とは、嘘を仮定して矛盾を導き、元々の言いたかった性質を証明する手法です)。
0は空集合 なので、0を後者とする自然数 が存在するならば、 が成り立ちます。しかし、左辺の集合は要素を1つも持ちませんが、右辺の集合は少なくとも を要素として持つはずです。これは矛盾となりますので、そのような が存在しないことが分かります。
4. 異なる自然数は、それぞれ異なる後者をもつ。
こちらも背理法で示すために、 を満たすある2つの自然数 と において が成り立つと仮定します。
明らかに なので、 は成り立ちます。一方で、 は成り立ちませんが、 より は集合 と集合 のどちらか一方の要素であるはずなので、消去法で となります。これは、 と を逆の立場にしても成り立つはずなので、 も同様に成り立ちます。
しかしながら、自然数の具体的な形を思い出してもらうと、 とは「 は より小さい自然数」という意味を表しています(なぜなら、自然数はその自然数未満の自然数から成る集合だからです)。同様にして、 は「 は より小さい自然数」 を意味しています。これが同時に起こるのは矛盾となりますので、元々の仮定が嘘だったということになり、互いに異なる自然数 と は常に相異なる後者をもつということになります。
5. 数学的帰納法が成り立つ。
例えば、自然数 によって嘘か真か決まる性質 を考えます。ここでは数学的帰納法が成り立つかどうかを考えるので、 は
- 0が を満たす。
- 自然数 が を満たすならば、 も を満たす。
という条件の下で考えます。ここで、集合 を「性質 を満たすすべての自然数の集合」と定義します。すると、先程の 条件より
- ならば
の両方が成り立ちます。そして、これは の作り方そのものです。したがって、集合 は と同じ集合であるということが分かったので、性質 をすべての自然数が満たすということが分かりました。
以上の5項目により、集合 がペアノの公理をきちんと満たす集合であることが確認できました。したがって、この集合を基にして足し算や掛け算、順序関係などを定義することも可能です。具体的にどのように定義するのかは、次回の記事で書こうと思います。
この長文を読んでいただき、誠にありがとうございました。